everlasting lolita

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  • 馴れ初め話

    彼と交際を始めたのは去年の長月。

    出会ったのは今から三年半以上前

    企画ライブのバンドメンバーが足りず、友人が連れて来た助っ人が彼でした。

    バンド練習をする前にメールで何度かやり取りをして、

    とても話しやすく、友人として仲良く出来そうだな、と勝手に好感を持っていたのですが

    感情表現が下手過ぎて、好きな子に意地悪をしてしまう男の子の様に

    初めて顔を合わせた直後、人見知りな私は照れ隠しにローキックをしてしまった私。

    後に聞かされたのですが、私の事を「前衛的な子だな」と思ったそうです。

    特に深い話をした訳でもないのに、私は彼に対して、心を許せる人なのかもしれない、と

    好意というか憧れというか、何とも言えない特別な感情を抱いておりました。

    ただ、ライブが終わった後はとりわけ会う事も無く、

    インターネット上で繋がっている程度でした。

    .

    元々身体が弱く高校生の頃から精神的にも弱くなっていたのですが

    大学二年生の時それがピークに達し、人が怖くて授業中にお手洗いに隠ったり

    泣きながら電車に乗ったり、死にたくなったりし、遂には精神科へ行き、

    安定剤の所為で眠気が酷く何も出来ない事に余計に苛立ち、

    大切な友人まで失いかけておりました。

    まだmixiで毎日の様に日記を更新していたのですが、

    気を許せる人以外に闇を見せたくなかったですし、監視されている気分になっていたので

    私が大好きだと思っている人と同じサークルに所属している人以外、マイミクを切ってしまいました。

    数で言うと二〇〇人程。

    男の人が怖く、本当は男の人全員切りたかったのですが、

    サークル活動をするにあたっての人間関係を円滑にすべく

    同じサークルの男の人は仕方なく切らずにおき、

    サークルの人を除けばマイミクは全員女の人だけにするつもりでした。

    けれども、何故だか分かりません。否、分かっているのですけれど、

    彼と、彼を連れて来てくれた友人(男性)は残しておいたのです。

    友人を切って彼だけを残すのは彼に対する特別な好意がバレてしまうのが嫌でしたので

    この二人は私のマイミク、そしてtwitterでも「特別」な存在でありました。

    (twitterでも先と同じ様な事をしたのです。)

    twitterでは、この三人で本当に下らない話ばかりしておりました。

    .

    彼が五ヶ月程中国へ留学していた時、私は当時お付き合いをしていた男性に降られて仕舞いました。

    何でも人に頼っていた私は悲しみを堪えきれず、構ってもらいたくてmixiにログインしました。

    誰かに話を聞いてもらいたかったのですが、如何せん夜中でしたので

    寝ている人を起こす訳にはいきませぬ。

    マイミク一覧のユーザーアイコンの下を見ると、何分前にログインしたのか分かる様になっていたので

    ログイン時間順に並べ替えて、一番上に出てきた人にコンタクトを取ろうと思いました。

    並べ替えてみると、もう誰だか覚えていませんが、彼とは違う人が一番上に出てきました。

    だのに、何故でしょう。私は三番目に表示された彼に、メッセージを送っていたのです。

    「ログイン時間順の一番最初に出てきた人だったから連絡したんだけど」という嘘と共に。

    「一週間前後輩の子たちに、「(私の事が)大好きだから大切にしたい」と言っていたみたいなのに、

    一緒に居て楽しくないから別れよう、って言われちゃった。」と、私は失恋話をし始めました。

    すると彼も、「彼女がこっち(中国)に遊びに来てくれていたんだけど、帰ってしまったからとても寂しい。」と話しだしました。

    意味が分からないかもしれませんが、私は、もしかすると失恋した事よりも更に、ショックを受けました。

    「そっか、彼女いるのか。」何でそんな事を思ったのか不思議で仕方が無いです。

    だって私は数時間前にいきなり電話で別れを告げて来た男の人の事が好きな筈です。

    けれども、ショックだったのです。彼は私の「特別」なのですから。

    しかし、彼は親しみやすいですし、かっこいいのだから彼女が居るのは当たり前で、

    特にそれ以上酷く落胆する事も無く納得出来ました。

    .

    それから数ヶ月後、彼が中国から帰国したと言う事もあり、例の友人と三人で逢う事になりました。

    その時も精神的に酷く荒んでおり、一週間の予定を凡てキャンセルし、ずっと家に隠っていたのですが、

    彼にだけはどうしても逢いたかったので、なんとか無理矢理外出致しました。

    久し振りに逢った彼は、例の女の子とは別れており、別の女の子が好きだと言いました。

    私も、見込みがないけれども他に好きな人が居ないので、だらだらと何度も降られている相手に恋をして居りました。

    けれども、彼は矢張り「特別」でした。

    好きな女の子の話を聞いて、嫉妬で泣きそうになりました。

    私が卒論で魔女をテーマにしていると知って、カタリ派の話をしたり、私がロシア映画の授業を取っていたのでロシア映画の話をしてくれたり。

    前々からこういう話が出来る人が居れば良いのに、と思っていたら、目の前にいたのです。

    好きに、なりかけていました。

    もっと話したい、近くに行きたい、と厚かましくも思って仕舞いました。

    .

    数日後、家族旅行中の彼から「暇だ、」とメールが届きました。

    こんな時、私だったら好きな人にでもメールするのに、彼は何故か私を選びました。

    後で何故私にメールをしたかと聞くと「仲良しだったから」と、あっさり言われて仕舞いましたが。

    けれども私は、メールが来た、ただそれだけで嬉しくなって仕舞いました。

    冗談で、「浴衣姿の写メ送ってよ」と言うと、嫌だと言いつつ、

    夜、「恥ずかしい」と言う言葉と共に、本当に写真を送ってくれたのです。

    素直過ぎて、可愛くって、嗚呼、もうこれは我慢出来ない、私は君が好きだ。

    この日完全に私は、彼の事を好きになって仕舞いました。

    .

    そしてまた数日後、私はゼミ合宿の為に群馬に訪れていました。

    そこの宿では、テニスやサッカー、卓球やビリヤード等、娯楽施設が充実して居りました。

    しかし運動が苦手で、人とわいわい騒ぐのも嫌いな私は

    部屋で一人、カラマーゾフの兄弟を読んで居りました。

    余りにも暇を持て余していたので、私も宿の浴衣を着てこの前のお返しにと写真を送ったり

    飲み会中も先生やお友達、後輩とお喋りしながらも、ずっとメールをし合っていました。

    酔っぱらっていたので、もしかしたら大胆な事も言っていたかもしれません。もう忘れました。

    合宿が終わり、帰路の途中、彼がメールで「今から散歩する」と言うので

    「いいなーお散歩」と言うと、冗談で「一緒に散歩しようよ」と言いました。

    私はそういう時、気持ちが高ぶってしまうので冗談なのか本気なのか判断が出来なくなります。

    「じゃあ今から行く、」と言い、キャリーケースを家に置き、そのまま彼の所へ向かいました。

    電車で3〜40分、何をしているんだろう、と思いながらも顔をにやつかせて電車を降りました。

    その日は十六夜。月が、とても綺麗でした。

    ベンチに座り、緊張で殆ど覚えて居りませんが、長い間お喋りをしていました。

    彼も私も鞄を持っていたのでベンチの横に置いたのですが、二人とも人の居ない方に置いたので

    私たちの間には、何もありませんでした。

    それどころか、太ももはぴたっとくっついて居り、

    気が付くと彼の小指が私の小指と薬指の間にそっと忍び込んで来たので

    私は思わず、小指でぎゅっと絡み付かせ、けれども彼はその状態のまま話を続けるので

    我慢が出来ず、小指を離し、彼の手をしっかり握りしめ直しました。

    その後どういった順で何が起きたのか、正確には思い出せないのですが

    私が人生で初めて直接気持ちを告白したことと、キスをしたことは確かです。

    直接伝える事が、こんなにも息と胸が詰まるものだと思いませんでした。

    恥ずかしくって、馬鹿らしくって、逃げて終いたい死んで終いたい、

    そうこうしていたら、終電の時間になって居りました。

    彼は、返事をくれませんでした。

    返事が無いので不安でしたが、

    キスをしてくれたのだから…付き合っているのかもしれない、と

    毎日メールを送る様にしました。

    一度好きと言ってしまったら、好きという言葉を発するハードルはぐんと低くなります。

    毎日毎日、好き、逢いたい、と送り続けました。

    返信は、どっちともとれるような狡いものでした。

    .

    月が綺麗だったあの夜から約一週間後、私たちは逢う事になりました。

    本当はお昼に落ち合う予定だったのですが、その日は台風。

    けれども「どうしても今日逢いたい」と言われて仕舞ったからには

    大雨の中でも行くしかありません。

    しかし幾ら私の気持ちが前に進んでいても、電車は進んでくれませんでした。

    びしょびしょになりながら家に戻り、電車が動くのを待ちました。

    結局夜遅くになって仕舞い、カラオケか漫画喫茶かホテルのどこかで泊まろう、という事になりました。

    やっぱり狡いです。私たちはホテルに向かいました。

    不安で不安で、「展開が早過ぎて状況がよくつかめない、どういう状況なの」と

    付き合っているのか、持て遊ばれているだけのかを確かめる為に聞いてみました。

    「九月の頭にD(友人)と再会して、○○公園で君が告白して、恋人になったから、ここにいるよ」と

    教えてくれました。私たちは、恋人になりました。

    .

    あれからもう、一年が経ったみたいです。

    Posted on October 31, 2012

  • 夢と希望しか無かったあの頃と、夢も希望もない現在と、生きているかすら判らない未来の話

    小学校5年か6年の頃、

    私は友達を全員失った事があります。

    理由はとても下らなく、可愛くて権力もある女の子と

    地味で病弱でうすのろな癖に目立ちたがりだった私が

    他校のかっこいい男の子を同時に好きに成って仕舞ったのがきっかけでした。

    (細かい事は書いても意味がないので割愛致します。)

    ただその子は、別に私なんか気にしなくたって勝てるだろうに

    その闘いに正面からぶつかるのではなく

    可愛さと権力で私から友達を奪い、

    私は好きな人を好きで居る権利や友達だけでなく、自尊心やその他諸々を失いました。

    よく話していた子は私を無視し、下らない嘘を広め

    (ドッジボールで同じチームだったので有り得る筈がないのに、

    私にばかりボールを当ててこようとする、性格悪い、最低!という

    今考えれば可愛らしいどうでもいい話。)

    廊下を歩いていればついこの前まで「●●ちゃんって凄く可愛い!大好き!」と言ってくれていた子が

    「ばーか」「ぶーす」「靴下黄ばんでるぅ(白色の靴下が校則で決まっていたのですが真っ白ではなく洒落てアイボリーの物を履いていた為)」「●●って凡てが中途半端だよねー(未だにこの言葉は図星過ぎてトラウマ)」

    などの罵声を浴びせてきます。

    なんと心変わりの早い乙女たち!

    あの頃の私は、今よりもずっと我慢強く、勿論母親や教師に相談する事もなかったし

    心の底では悲しんでいたけれども「あんな子どもっぽい奴ら、放っておけばいいのよ」

    そう言い聞かせて、彼女らの前で泣く事等一切なかったし、

    家で一人で居るときさえも、滅多に泣いたりしませんでした。

    自分に負けたくなかったんです。(もっと泣いておけば良かったなぁ。)

    別に一人でも平気でした。一緒に嵐のコンサートに行くお友達が居なくても

    一緒に学校に行くお友達が居なくても(電車で1時間前後の学校に通っていました)

    一人が好きだったので案外へっちゃらでした。

    けれどもその頃から、オタクグループに、気が付いたら取り囲まれて居りました。

    『犬夜叉』や『テニスの王子様』など私の知らないアニメの話を沢山してましたし、

    『テニスの王子様』の同人誌(BL)も10冊くらい何故か貸してくれました。

    けれどもアニメの話が出来なかったので、休み時間いつも一緒、

    という訳ではありませんでした。

    そこにやって来たのが、変態ちゃん、後の中学校時代迄の親友。

    彼女は美人だしとても賢いのに、なんだか少し変わっている子でした。

    友達を失い(苛められてるとも捉えられる。自分ではそうは思っていませんでしたが。)

    嵐が好きなのにアニメのキャラの名前で呼ばれている私なんかに話しかけてくるくらいですから、

    よっぽどの変態です。変態ちゃんがすりすり寄って来ました。

    変わっている子が大好きだったので、わたしはこの子とばかり居る様になりました。

    お互いそんなに活発に外に遊びに行くタイプではなかったので

    殆ど学外で遊んだ記憶はないのですが、手を繋いで廊下を走り回ったり

    校庭で変な踊りを踊っていたのは憶えています。

    あの頃、親友という存在を欲していた私たちは、互いを親友と認め合っていました。

    あの子は私と違って社交的だし、頭もキレるし、綺麗だし、ユーモアもあるし、

    あの頃の感覚とは違うだろうけど、親友と呼べる人間がきっと今他に居るだろうけど

    多分私にとっては最初で最後の親友でした。

    小学校6年生、卒業の3月。

    どっちが提案したのか、全く憶えて居りませんが、

    私たちは10年後の自分に手紙を書きました。

    タイムカプセルとして10年間開封せず、ずっと私が部屋に保存して居りました。

    土に埋めなかったのは面倒だったからです。

    開封する日時は2012年3月某日、しかし互いに忙しく、なかなか逢えませんでした。

    時を少しだけ戻し、私は9月の中頃、生まれて初めて直接人に告白するという大胆な事をやってのけました。

    (メールや電話での告白はありますが、直接言うのは恥ずかしい。)

    告白したのは十六夜、おつきあいを始めたのは台風の日の夜でした。

    そんな彼と、その変態ちゃんは、全く見ず知らずの関係だったのですが

    どういう経緯か忘れましたが、彼と変態ちゃん(名前付けてあげよう、不憫だ。単純にKとしておきます。)がtwitter上で友達になりました。

    そしてバタイユやデュシャン、あとは何を話していたんだろう、

    たまにですがtwitterでお話しているのをこっそり見て居りました。

    嫉妬もしましたし、NTR属性ではないのでハラハラしておりましたが(被害妄想が兎に角激しいのです)

    自分のかつての親友と、大切な恋人が仲良くなるのは興味深かったので

    3人で逢いたいな、とも思いました。

    Kとは恋人と付き合う数日前に逢ったっきりでしたし、(高校を卒業して数回は逢っていました)

    そういえばタイムカプセルも開封したいし、

    2人で逢われるのは心配なので、3人の都合の良い六月某日、

    渋谷のファミレスで食事を摂りました。

    どう考えてもホームなのは私。

    だのに人一倍緊張しいなので、

    終始2人が厭な気持ちにならずに会話が出来るか心配して居りました。

    そろそろタイムカプセルでも開けましょうか、

    23歳の私たちの10年は、人生の半分弱ですし

    12歳、(3月に開封すれば私たちは22歳だったのですが2人も5月に誕生日を迎えたので。)

    「将来」というものがとても輝かしく、まだ「なんでも出来る」と思っていた頃ですから

    きっと相当痛々しく寒気のするものであろう、と正直怖くて仕方がありませんでした。

    こんな黒歴史を開示する日、何故目の前に恋人が居るのでしょう…

    折角なので記念すべきこの瞬間の証人、立会人として、見守ってもらう事に致しました。

    内容は、思っていたよりもまともでした。

    私立の小学校に通って厳しくしつけられた所為でしょう、

    未来の自分に対しても礼儀正しくして居りました。

    あの頃の私は、モーニング娘。のようなアイドルか

    SPEEDの様な歌手になりたかったのを思い出しました。

    モー娘。にもSPEEDにもなれなかったけど

    モー娘。はまだ存在しているし、SPEEDも解散したけれども復活したんだよ。

    それに私は大学に入って軽音部でヴォーカルをやっていたよ。

    Kとは昔程仲良しではないけれど、今でも定期的に遊んでいるよ。

    Kの手紙には「私たちは小学校で「大人料金になる前にやるべきこと」を学びました」とか書いてあり

    そういえば小学校の先生はそんな事をよく言っていたな、

    そして人として本当に大切な事を教えてもらえたんだな、

    と改めてそんな事を思いました。

    思春期だなんて、多くの人にとって激動の時期だと思います。

    いつ死んだっておかしくないと思います。

    失恋、裏切り、反抗、挫折、友の死、家庭崩壊

    小さなセカイの中で、些細な事に傷付き絶望し

    もがき苦しんで、救われなかった事も多々ありました。

    体調を崩して殆ど家と保健室のベッドの上で過ごしていた気もしますが

    思春期をなんとか生き抜いたのは我ながら頑張ったな、と自分を褒めた讃えたいです。

    グローリア!

    死のう、死のうと思っていたのに、此処迄生きて仕舞った私に。

    目的も果たせたし、そろそろお開きかな、

    そう思っていましたら、Kが更に10年後の自分に手紙を書こうとかほざいているではありませんか…

    私はまだしも、恋人よ、本当に御免なさい。

    何故か3人で、しかも彼とKは初対面にも関わらず

    10年後また再会しましょうという契りを交わしたのです。

    何を書いたのでしょう、もう余り思い出せません。

    10年後、誰一人死ぬ事無く逢えると良いですね。

    Kと恋人の、恥ずかしい20代の記録を目にする迄

    生き長らえなくてはならなくなって仕舞いました。

    なんとも簡単な延命治療法。

    未だ彼女と友達で居られているといいな。

    彼とは生涯のパートナーになっているといいな。

    今が永遠となれば良いのに。

    Posted on July 2, 2012

  • 新年

    明けまして御目出度う御座います。

    本年もどうぞ宜しくお願い致します。

    2011年最後の日、わたしはお昼に起床し、

    大掃除なるものを始めました。

    お気に入りのメイド服を着用し、

    しまう、捨てる、整理する、落とす。

    完璧では無いけれども、混沌としたお部屋が

    少しばかり秩序を取り戻しました。テレビという物が存在し無い部屋

    林檎女史が紅白歌合戦に出ている事すら知らず

    独りで少し温いお蕎麦を食す。

    早く来ないかな、と彼が来るのを待ちわびて居りました。

    彼が来る前に、とシャワーを済ませ、髪の毛を拭いていた時

    玄関のチャイムが鳴りました。

    白ワインを持って、なんだかご機嫌な彼。

    早く髪の毛を乾かしなさい、そう急かされてもお話がしたくて

    ついドライヤーを動かす手が止まって仕舞う。

    おいで、の声はわたしを猫から犬へと変える。

    マヤ文明の暦よ、もう2011年の大晦日で終わらせていても良かったのよ?

    この前見た宇宙の神秘、衝突の謎、などと言った内容のテレビを見て

    地球もそろそろ滅ぶのだなぁ、SFちっくで素敵だなぁ、と胸が躍って居りましてね。

    何時、年が明けたのかは分かりませんでしたが、

    きっと二人で仲良く抱き合っていたのでしょう。

    夜中の三時、少し遅いかな、と思いながらも

    近所の神社へ初詣に。

    夜中の神社は初めてで、そして其処は広く素敵な場所でしたので

    幽玄な雰囲気に身体がふわっと浮き上がる気持ちでした。

    奉納して、お神籤を引く。

    彼は末吉、わたしは中吉。

    大凶当たりたいね、と言っていたから、ちょっと残念。

    怠心を捨ててきちんと勉学に励みなさい、の様な胸に刺さる文言…

    慎むべきはその行い、発言などなど

    考えるべきはその影響、といった内容の事も。

    空回りしがちなわたしに、ぴったり。

    楽しみにしていた甘酒はなんと時間外で終了して居りました。

    悔しいのでお家でインスタントの甘酒を。

    そして彼は5時頃帰宅。

    わたしは八時過ぎ迄床に入り、その後電車で実家に向かう。

    途中で下車し、両親の車に拾ってもらい、其の侭祖父母と従兄弟家族の居る家へ。

    手術が終わって退院したばかりの祖母。

    少し窶れてはいましたが、何時もの祖母でした。

    お年玉を頂き、お寿司を食べ、少ししたら上野へ。

    上野は父方の祖父の墓地が在ります。

    小さい頃は御墓参りに行くのが余り好きではないというか

    少しばかり面倒だな、と思って居りました。

    しかし久し振りの御墓参り(お盆の時、何かの予定があり行けなかったのです。)

    お線香の香り、白と黄色だけではなく薄紫とピンクの間のお色や綺麗な赤色のお花

    殆ど記憶のない祖父の遺骨の入った墓石、

    幼い頃から来ていたこの場所に懐かしさを感じました。

    そして久々に逢った祖父は、少し汚れていて惨めで

    その姿になんだか涙しそうになりました。

    けれども年に数回でもこうやって掃除をし、会いに来る人が居るのは

    素敵な事だなと思いました。

    死んで仕舞ったら意識なんて無いのだから骨なんぞそこら辺に撒けばいい

    なんて言う人が居るけれども

    お墓は本人の為と言うより、残された人の為。

    残された人が、毎年逢いに行きたい、そう思って下さるのなら

    どうかその人の為にお墓を作って下さいね。

    そんな人がいないのならば、海にでもベランダのプランターにでも撒けばいいのよ。

    上野はそんなに遠い場所ではないから、たまにはお掃除しに行こうかしらね。

    西洋コンプレックスでは在りますが、

    こういった日くらい、日本人気取っても許されるでしょう?

    新年は心を入れ替え何かに励もうと多くの目標を立てますよね。

    わたしだってもれなくそういう類いの人間に含まれるのでして

    幾つか目標を掲げたいと思います。

    今年は本来ならば社会に出ている年。

    それを拒み学生で居続けるからには、それなりに勉学に励もうと思うのです。

    彼が大学院のお勉強を沢山するみたいです。

    なのでわたしもたくさんお勉強致します。

    先ず、家に在る本は総て読む事。

    仏蘭西語とラテン語を始める事。

    grey schoolは進級する事。

    妖精学、紋章学、その他気になった学問の本は所有するだけでなくきちんと読む事。

    学問だけでなく、私生活も、自身にとって豊かな物になりますように。

    そして、彼と素敵な関係を継続する事。

    人として成長出来ます様に。

    実りのある一年になります様に。

    Posted on January 2, 2012

  • イエズス・キリストのミサの日に

    メリークリスマス。

    クリスマスは誰だって心躍るものでしょう?

    そう思っていたのは二年前のクリスマスのお昼頃迄でした。

    二年前のわたしは、その日を待ちわびていて

    とても愉しい気持ちでしたのに、一瞬で最悪の一日と成ったのです。

    その事の所為でわたしはこの日を憎き日と決めて居りました。

    何がキリストの誕生日。太陽神の誕生日の癖に。

    この日が在った故にわたしは更なるダメージを受けたのよ?

    一年経って、その憎き日に、憎き人と逢ったのです。

    あれから一年経ったね、クリスマス御目出度う、と。

    なんと言う皮肉。

    終電を逃して、復讐でもしてやろうかと一瞬魔が差すことも。

    小心者で単なる服従者で在ったわたしは、笑顔で、またね。

    だからわたしは今回も恐れて居りました。

    何故って、わたしの下らぬ言動の所為で愛する彼を不快にさせて仕舞ったからです。

    また同じ事の繰り返し。内省しない阿呆丸出しの人間。

    電話で仲直りはしたものの、少し逢うのが怖かったのです。

    二十四日、クリスマスイヴ。

    わたしはアルバイトをして居りました。

    十六時迄だから、わたしの職場に近い処の某本屋さんの前に十七時ね。

    それはわたしの勘違いでアルバイトは十七時迄、

    けれども急いで向かいいる場所を問うと、五階の科学哲学の処だよ、との事。

    急ぐわたし。5階、科学哲学。…いない。

    電話を掛ける。科学哲学の処に居るよ。見当たらないよ。でも居るよ。

    神隠し…どうしよう、そう思っていたら携帯電話の充電が切れました。

    ジーザスクライスト、そんな事とっさに言える程脳味噌は回転しておらず

    半ばパニック状態。冷静に考えて、此処は○○書店の南店よ、南店……

    パーンと頭を撃たれる。

    どうか、其の侭立ち止まっていて、帰ったりなんかしちゃ駄目よ。

    乙女だから走りたくなんてないけれど

    早足で、歩く、駆ける。

    十五分後、わたしは○○書店本店の五階科学哲学のコーナーへ。

    居た…!わたしがきちんと南店と伝えていなかったので、彼は当然本店へ。

    職場の場所の近くの、という曖昧な言い回しは誤解を招きますね。

    少し不愉快そうな彼、御免なさい、と謝ってみたけれど

    喧嘩の後ですから気を遣うわたし。

    でもね、髪を切った彼は、それは勿論前々から格好良いと思っていましたけれど

    なんて言うんでしょう、その気まずい雰囲気など無視して、お店を出て思わず

    髪切って、更に格好良くなったね!と言って仕舞いました。

    唐突なわたしの褒め言葉に驚いていたけれど、少し嬉しそうでした。

    なんて愛おしいの…。

    その後我が聖地ワンジュクへ。Jane Marpleの指輪をプレゼントして欲しくて

    初めて入る、と彼の言うワンジュクへいざ突入。

    原宿店で下見をしていたのですが、その時は素材の事ばかり考えていて

    サイズの事は全く考えて居りませんでした。

    だからいざ試着してみると、あれ、大きい…

    サイズ違いは在りますか?

    はい、此方が11号で、他にお作りがあるのが13号ですね。

    ちょっと、いくら背の高い女性が増えたからって

    中指人差し指用ならば9号が無いのは不自然じゃありません?

    その時は猫の指輪しか考えておらず、サイズがないのなら仕方ない、と

    泣く泣くワンジュクを後に致しました。

    仕方が無いので向かいのOIOIのたしか本店へ。

    わたしにとってクリスマスとは憎き日へと換わっていた為

    どうしてもまた心躍る日へ回帰させたかったのです。

    どうしても素敵な思い出が欲しかったのです。

    クリスマスの日に、街中に出た事って実は一度も無くて

    だから苦手な人ごみの中、決死の覚悟でカップルで溢れ返るアクセサリー売り場へ。

    結果は大失敗。彼は向こうの方へ行って仕舞うし、

    わたしは眩暈がしてきますし。

    プレゼントは明日にしよう、そう言ってわたしの最寄の駅で下車。

    本当は自宅で夕食を済ませようと思っていたのですが

    折角ですし、少し雰囲気のあるイタリアンレストランへ。

    予約をしないで行ったので、案の定入れず。

    三、四十分お待ちいただければご案内できますよ、と言われたので

    連絡先を残し、近くのカラオケで時間を潰す事に。

    結局御互い二曲か三曲歌った頃に電話が鳴り、

    無事御食事にありつける事になりました。

    実はレストランでクリスマスのお祝いをするのも初めてで

    世の一般の人はこの様に過ごしていたんだな、と知れた一方

    今迄の自身のクリスマスを振り返り、なんだか複雑な気持ちになりました。

    彼はセットで、田舎風トマトソーススパゲッティ、

    わたしはサーモンとアボカドとゴルゴンゾーラのグラタンを頂きました。

    彼はグラスワイン、わたしはアプリコットの御酒。

    杏子酒をソーダで割ってレモン汁を入れた様な不思議な味でした。

    グラタンも美味しく、彼のセットのデザート、クレームブリュレも少し頂いて

    お腹いっぱい、ほろ酔い気分、大満足でした。

    お家に帰り、アルバイトで疲れて果てていたわたしは二十二時頃に寝て仕舞い

    彼は朝方まで本を読んだりしていたそうです。

    何時もの光景なんですけれどね。

    次の日、ワンジュクが駄目なら、とまたもや人ごみ、原宿へ突進。

    ラフォーレに入り、帽子などを見て、可愛いけれど、

    矢張りJane Marpleの指輪が諦めきれずもう一度Janeのお店へ。

    猫の指輪は大きかったのですが、なんと、Janeのロゴの天使ちゃんの指輪

    9号から在るとの事で、試着させていただいたら

    薬指は緩かったのですが中指や人差し指でしたらぴったり。

    Janeの指輪が欲しい!と思っていたので、

    はじめ考えていたデザインとは違いましたが

    天使ちゃんの指輪を買って頂きました。

    本当に、本当に可愛いんです。

    ずっと眺めて居たくなる位。

    有り難う御座いました。一生大切にするよ。

    わたしはDKNYのマフラーをプレゼント致しました。

    はじめは、防寒具としてはいいんじゃない?と

    そこまで気に入った様子では無かったのですが

    実際付けてみたら、ファッションの勉強をしていたわたしを侮るでない、

    見事に似合っていて、本人もすごく気に入ってくれました。

    感性を磨いておく事って、自分を着飾る時以外にも利用できるし

    もっともっと色々な物に触れて感性を高めていきたいなと改めて思いました。

    クリスマスというものにこだわりすぎだろ、と馬鹿にされましたが

    忙しく、気が立っている彼に会うには、クリスマスとか大晦日とか

    そういう類のものが必要なのよ?

    クリスマスにお外に出るのはもうしたくないけれど、

    クリスマスは無くならないでね。

    この日が在る故に、逢う約束がつけられる人も居るのよ。

    次のクリスマスも、一緒に過ごしましょ。

    Posted on December 29, 2011

  • 鎌倉へ行った時のお話

    11月30日、彼と鎌倉へ行って参りました。

    湘南が故郷、と思っているわたし、なんだか帰省気分。

    今のお家から1時間半〜2時間と、結構遠い。

    由比ケ浜の駅で待ち合わせをしたのですが、1人で江の電を乗っている時、

    アナウンスの「藤沢」「江ノ島」と懐かしい単語が耳に入り

    ノスタルジックな気持ちになりました。(一瞬ですけど、本当に泣きそうになったの。)

    駅へ着くと彼が本を読みながら立って居りました。

    わたしが プレゼントしたしおりを使って下さっていて嬉しかったです。

    お腹空いたね、と言いながら鎌倉文学館へ。

    二人ともとてもお腹が空いていたので、本当は彼のお母様に差し上げようと思っていたパンを

    お庭のベンチで二人、分け合いっこしました。

    トンビが飛んでいて、小中高時代を懐かしみながら、トンビの恐ろしさを彼に伝える。

    お庭の下の方はバラ園になって居ました。

    何列かにただ薔薇が植わっていただけで

    アーチとか色々あるのかな、と期待していた分だけがっかりしましたが

    それでも薔薇は大好きです。優しいお色のが好き。

    特にペルシャ猫みたいなふんわりしたのが好み。

    イングリッシュローズというのかしら。

    あと、野ばらも好いですね。

    旧前田侯爵家の鎌倉別邸の外観はとても素敵。

    中はこの土地にゆかりのある文学者の展示物が。

    わたしは無教養な人間なので文学は全くと云って良い程分からず

    その事に関して彼に、分からないから面白くないでしょう?と言われましたけれど

    わたしは知性はなくても感性が豊かなのかは分かりませんが建築物は好きなので

    内装を見て惚れ惚れして居りました。

    ステンドグラスや暖炉、そういった類いの物が存在する空間に

    心から憧れを抱いているわたしには本当に仕合わせな時間でした。

    (文学が分かればもっと愉しめたでしょうが。)

    二人ともとても寝不足で、ちょっと会話も少なく次は長谷寺へ。

    此処はこの時期日没後ライトアップされるそうですよ。

    仏像の授業を半年受けて居りましたがもうその知識はとうに忘れ去られ

    ただただ金色の彼をじぃっと観ているだけでした。

    この日はそれ迄の悪天候とは打って変わって嫌気がさす程の晴天。

    11月最終日、もう冬目前、なのに汗ばむ。

    甘酒が飲みたかったのですが、本当に暑かったので彼のサイダーを横取り。

     

    その後は鎌倉へ来た事だし、と鎌倉大仏の処へ。中に入れたので入ってみる事に。

    外が暑かったので大仏さんも暖まって居りましたよ。

     

    ちょっとお腹が空いたので近くのカフェレストランでお食事。

    二人とも選んだ物がシラスのペペロンチーノ。とても美味しかったです。

    デザートもサービスで頂きました。

    わたしはあまり好きでは無い物だったので彼にあげちゃいましたが。

    優しそうなおじいさま、おばあさまでした。ご馳走様でした。

    そしてちょこっと寄ったお店の香水瓶に心惹かれながら鎌倉の海へ。

    BABY,THE STARS SHINE BRIGHTの革のお靴が砂まみれになりましたが…

    それでも湘南の海へ年に一度は行かないと気が済まない身体に為って居りましたので

    肺一杯に塩分の多い空気を吸い込みました。

    海辺でしたキスが、一瞬だったのですが、そしてこの時初めてした訳でもないのに

    なんだか凄く恥ずかしくて嬉しくてどうしようもない気持ちになりました。

    その後は鶴岡八幡宮へ。

    長谷寺の階段も少しばかり上るのが大変だったのに

    こちらはもう目眩がしそうな程の長ったらしくて息切れする事必須でしたよ…

    お昼過ぎから飲みたいと思っていた甘酒を遂にこの後頂きました。

    もうお店が閉まろうとしていたのに、お店のおば樣方のお心遣いで

    ベンチに座らせて頂けました。

    日も沈んできたので、空間恐怖の話を聞きながら帰宅する事に。

    疲れきっていた彼は電車の中ですーすー寝て居りました。

    今迄他の方にあまり何処かへ連れて行って貰った覚えが無かったので

    所謂デェトが出来て仕合せでした。有り難う。

    独りで行動するのが好きだけれども、また一緒に何処か行きましょうね。

    Posted on December 13, 2011

  • <日記> 十二月一日 

    本日から師走です。

    出来るだけ、日々の出来事、思いついた事、色々記していける様に。

    朝、寒くて凍えそうになりました。

    昨日の疲れが抜けずにいましたが、

    健がポストしていた下らない動画と、

    ケルト音楽を聴いて

    とても愉しい気分になりました。

    本日の予定はゼミのみ。

    家を出て、ポストを見たら

    先日オークションで落札したエプロンとワンピースが

    ぐっちゃぐちゃになって投函されて居りました。

    取り出してみたら、ポストに入れ直せない位の大きさで

    (郵便屋さん、さぞ大変だったでしょう…)

    時間が無かったので一旦部屋に戻り、

    少しだけ封を破り中身を確認し、

    ぽいっと部屋の前に投げ入れ、いざ大學へ。

    一瞬見えた、カツラユミの白のエプロン。

    きっとこれは可愛いのだろうな、とトキメキが止まりませんでした。

    ゼミは何時も通り。

    お友達がチョコをくれて、とても嬉しかったです。

    有り難う。

    帰りは渋谷のLOFTに寄って、可愛いノートを探しました。

    とても素敵なノートがあったのですが(その存在はネットで昨年辺りから知ってはいました)

    ちょっと値が張るので暫く悩んで居りました。

    けれどもこんな高いのに書くのを失敗して仕舞ったら

    本当に落ち込むだろうと予想し、その場は見送りました。

    羽根ペンが欲しいな、と思ったりもして、輸入文具のコーナーへ。

    羽根ペンも、ガラスペンも、お高い…

    インクの色も色々あってうっとり。

    twitterで、羽根ペンが欲しい、とポストしたところ

    フォロワーさんが、自分で作れますよ、と教えて下さいました。

    金属の、所謂ニブも幾つか入って300円ほどで売っているみたいなので

    羽根とニブ、別々に購入して自作しようと思います。

    そのフォロワーさん、羽根ペンと鳩の血でラブレターを書きたいとの事。

    なんてロマンチックなんでしょう…!

    私も何時かそんな事してみたいです。

    家に着いたら何よりも先にお洋服たちのお迎え。

    もう、なんて表現したら良いのでしょう。

    一つはカツラユミのレースが沢山の白いエプロン

    もう一つは子供服なのですがグレーのワンピース

    家事を頑張る為にと購入した、メイド服に合わせようと思っていたのですが、

    想像以上に可愛らしいのです。

    コスプレ用のエプロンは、値段の割に安っぽかったり

    コスプレ色が強かったりと、余り好みでは無くて。

    そしてメイド服も別珍のボルドーのロングタイプで、

    とてもクラシカルで上品なタイプにしたので

    それにもきっと合うだろうと思います。

    そしてワンピースの方は、150で少しきつい(小さい)かな、と思って居りましたが

    そんな事もなく、本当に可愛くて思わずにやけて仕舞いました。

    これらを着て、更に少女で居続けようと思います。

    あと、お勉強用のノート、結局壱佰円の物にしました。

    可愛らしい物があったので、2種類合わせて五冊。

    grey school用と、仏蘭西語用と、ラテン語用と、後は予備で。

    結局仏蘭西語はアルファベットで止まって居ります。

    こっそり勉強するはずだったのに。

    そして来年からラテン語を健と一緒に勉強するので

    そちらも一足先に学んでおきたいな、と。

    どうせ彼のが習得早いんですもの。

    無教養な人間、と馬鹿にされたので(事実ですけれども)

    対等にはなれなくても近くに行ける様に。

    鎌倉の事はまた後日。

    Posted on December 2, 2011

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